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ローリング・ストーンズが広めた黒人音楽のブルース

「ザ・ローリング・ストーンズが登場する前は、誰も俺のことを知らなかったし、何も知ろうとしなかった。俺は‘レイス(黒人)・レコード’と呼ばれるレコードを作っていた。俺のレコードを買ったキッズに大人たちが何て言っていたかを教えてやろう、『それは何だ? ニガーの音楽などかけるのは止めろ!』。それからザ・ローリング・ストーンズが登場し、ブルースを演奏すると、キッズは俺のレコードを買い、俺のレコードを聴いているんだ」。https://www.udiscovermusic.jp/features/blues-powerより引用。

これはシカゴブルースの父と言われているMuddy Waters(マディ・ウォーターズ)の言葉です。

マディ・ウォーターズが初レコーディングを行なったのは、1941年のときです。この当時は、白人が黒人の音楽を聴くことはほとんどない時代でした。(マディ・ウォーターズは黒人)

しかしThe Rolling Stones(ローリング・ストーンズ)をはじめとした、イギリスバンドの登場で、ブルースが白人にも浸透していったのです。

レイス・レコードは聴くな!

「Race Record(レイス・レコード)」とは、黒人音楽を差別的に表現した言葉です。「Race」とは、日本語に訳すと「人種」という意味になります。

なんとも残酷的な表現ですが、1920年代に黒人音楽であるブルースがレコーディングされていく中、白人音楽と区別するために名付けられたのです。

白人の子どもがブルースのレコードを買おうものなら、「レイスレコードなんて聴くな!」と親から叱られる。それが当たり前の時代でもありました。

現代では差別的な表現のためレイス・レコードとは呼ばれなくなっています。1947年のときには、差別的な表現を無くすためにレイス・レコードからR&B(リズムアンドブルース)へと呼び名が変わりました。

このころには黒人音楽を聴くもの好きな白人が増えてきたからです。またその当時は、ラジオで音楽を聴くのが主流でした。

第二次大戦ごろから黒人音楽を流すラジオ局が増えていったことも理由の1つと言えます。マディ・ウォーターズのような黒人音楽を好んで聴く白人は、変わり者とされていた時代でもあったのです。

そして1960年代になると、イギリスからロックを掲げた黒船がやってきます。それがビートルズやローリング・ストーンズをはじめとしたイギリスバンドのアメリカ進出です。

ローリング・ストーンズが広めた黒人ブルース

イギリスバンドがアメリカに進出し、アメリカのヒットチャートを侵略しました。これをブリティッシュ・インヴェイジョンと呼びます。

これを代表するバンドとしてビートルズ、ローリング・ストーンズ、フー、キンクスの4つのバンドがあげられます。またこの4つのバンドを「イギリス4大バンド」なんて呼んだりもします。

どのバンドもアメリカの黒人音楽から影響を受けています。この中でもローリング・ストーンズはブルース色の強い音楽を演奏していました。

ローリング・ストーンズがアメリカのヒットチャートに進出したとき、アメリカの若者はストーンズの音楽に釘付けになったのです。

ローリング・ストーンズの黒人音楽愛は楽曲やレコードのジャケットなどに表れています。ローリング・ストーンズは、黒人が演奏していたブルースをカバーするのです。「Come On」や「Little Red Rooster」は、もともと黒人が演奏していたナンバーで、ローリング・ストーンズの楽曲としても有名になっています。

そしてアルバムのジャケットに黒人の顔を載せることも当時としては珍しかったのです。アメリカの州によっては、アルバムのジャケットに黒人を載せてはならないという慣習もありました。

ローリング・ストーンズがブルースの認知度を高めたと言っても過言ではありません。白人ながら黒人音楽のブルースを愛し、白人らしいとらえ方で演奏したのです。

ブルースを演奏し続けるローリング・ストーンズの

ブルースをこよなく愛するミュージシャンは数多くいます。例えば、エリック・クラプトンやジョニー・ウィンターなどはブルースをこよなく愛するギタリストの代表格と言えるでしょう。このようにローリング・ストーンズ以外にもブルース音楽に影響を受けたミュージシャンはたくさんいます。

しかしローリング・ストーンズを例にあげたのは、バンドを結成して50年以上経過した今でも、ブルースをベースとした音楽を作り続けていること。そして白人の中でもいち早くブルースを演奏したことが理由です。

62年に結成したローリング・ストーンズは、現在でも年代ごとに音楽の幅を広げていき、新たな音楽を作り続けています。